あるがまま行く 日野原重明
2005年10月30日
あるがまま行く
日野原重明
朝日新聞社
2005年1月30日
著者の略歴
日野原 重明(ひのはら しげあき) 1911年、山口県生まれ。京都帝国大学医学部卒業。聖路加国際病院の内科医として長年勤務し、同病院の院長や名誉院長、理事長を歴任しました。日本の医学界において「人間ドック」の導入や、かつて「成人病」と呼ばれていたものを「生活習慣病」という言葉に改めるよう提唱したことでも知られています。また、「新老人の会」を立ち上げるなど、高齢者の新しい生き方を啓蒙し続け、2017年に105歳で逝去するまで生涯現役の医師として活躍しました。
書評
【著者が言いたかったことのまとめ】 本書を通じて著者が最も伝えたかったことは、**「老いること、病むこと、そして死を迎えることを恐れるのではなく、自然の摂理として『あるがまま』に受け入れ、その上で今をどう生きるかが大切である」**ということです。
年齢を重ねることで失われていくもの(体力や若さ)に目を向けて嘆くのではなく、精神的な成熟や新しく見つけられる喜びに目を向けること。そして、人生の終幕が近づいてきても、自分の心がけ次第で人生はいつまでも豊かに創造できるというメッセージが込められています。
本書は、100歳を超えてもなお精力的に活動し続けた日野原重明医師による、人生の後半戦を生きるための温かい指南書です。長年、臨床の現場で数え切れないほどの「生と死」に向き合ってきた著者の言葉には、単なる精神論ではない深い説得力と重みがあります。
私たちが無意識に抱いている「老い」や「病」へのネガティブなイメージを、著者は優しい視点で解きほぐしてくれます。「あるがまま」とは、決して投げやりになることや諦めることではありません。自分の現在の状態を素直に受け止め、その限られた条件の中でいかに自分らしく、感謝の気持ちを持って前向きに生きるかという、非常にアクティブな姿勢です。
現代は「アンチエイジング」という言葉がもてはやされるなど、老いに抗うことが良しとされる風潮がありますが、本書はそれとは対極にある「スマート・エイジング(賢く老いる)」の美しさを教えてくれます。高齢期を迎えている方はもちろんのこと、これから老いと向き合っていく若い世代にとっても、人生の道しるべとなる普遍的な名著と言えるでしょう。
次に各章をまとめてみました。
第一章「生み、育てる」ということ
子どもを親の思い通りに動かそうとするのではなく、一人の独立した人間として尊重し、その成長を見守ることの大切さが説かれています。親自身の普段の生き方や姿勢が、最大の教育になるという視点が示されています。
第二章「学ぶ」ということ
学びは学校を卒業したら終わるものではなく、生涯続くものであると強調しています。年齢を重ねても未知のものへの好奇心を失わず、常に新しい知識や経験に対して心を開き続けることの重要性を説いています。
第三章「愛する」ということ
愛とは、他者から与えられるのを待つことや見返りを求めることではなく、自ら惜しみなく与え、相手を許し、思いやることだと語られています。周囲との温かい結びつきこそが、人生の基盤を強固にしてくれます。
第四章「習慣を身につける」ということ
健康な体や前向きな精神は、日々の小さな習慣の積み重ねによって作られます。腹八分目や適度な運動といった身体的な習慣にとどまらず、物事の明るい面を見る「心の習慣(考え方の癖)」を身につけることの価値が語られています。
第五章「働く」ということ
働くことは単なる収入を得るための手段ではなく、社会に貢献し、自分自身の「生きがい」を見出すための尊い活動です。100歳を超えても生涯現役の医師を貫いた著者ならではの、使命感と働く喜びが綴られています。
第六章「老いる」ということ
老いを「若さや体力の喪失」としてネガティブに嘆くのではなく、人間としての「成熟」や「新しいステージへの移行」として受け入れる心構えが説かれています。新しい目標を持ち続けることで、心はいつまでも若々しく保てます。
第七章「人を治す」ということ
長年、臨床の最前線に身を置いた医師としての経験から、病気の臓器だけを見るのではなく「病を抱えた人間全体」を診ることの大切さが語られています。医療現場における共感や、患者の心に寄り添うことの意義がテーマです。
第八章「死ぬ」ということ
死は忌避すべきものではなく、自然の摂理として等しく訪れるプロセスです。人生の終焉を「あるがまま」に見つめ、受け入れることで、逆説的に「残された今をどう生きるか」が明確になり、一日一日をより深く味わって生きられると結ばれています。
著者 請川隆一
