書評「海賊と呼ばれた男」 百田尚樹 著

2025年08月08日

書評:百田尚樹『海賊と呼ばれた男』
講談社文庫 2024年8月8日 第36刷発行
’13 第10回本屋大賞受賞

 

百田尚樹『海賊と呼ばれた男』は、戦後日本の石油商・国岡鐵造の波乱万丈の生涯を描く長編小説。モデルは出光佐三。敗戦で資産も在庫も失い、焼け跡からの再建を余儀なくされながらも、社員を一人も解雇せず、「家族同然」として生活を守り抜く。その姿は経営者というより、日本の将来を考えて行動した人の実話を元に百田尚樹氏が脚色した小説である。

 

物語の白眉は「日章丸事件」。英米の石油メジャーがイランに経済封鎖を敷く中、国岡は国際政治の圧力をはねのけ、独自交渉で原油輸入を成功させる。世界中から「海賊」と批判されながらも、彼にとっては約束を守り、日本の自立を助けるため、価格統制された高い石油を日本の国民に安く供給するための正義の航海だった。相手は巨大資本と列強諸国、まさに現代の海戦さながらの緊迫感がある。

 

しかし国岡は単なる反米主義者ではない。妻の甥をアメリカに留学させ、経営拡大のためにはアメリカの銀行から資金を借りる。敵対すべきところでは断固戦い、必要な場面ではためらわず手を組む。この柔軟さこそ、彼がただの頑固親父ではなく、戦略家である証だ。

 

物語の要所に登場するのが、日田という人物である。彼は自らの財産を投げ打ち、国岡を資金面から支えた。二人の出会いは偶然のように見えて、実は国岡の人間性が必然的に引き寄せたものだ。人を大切にし、約束を違えず、誠実に接する姿勢が、同じく義を重んじる日田の心を動かした。これは国岡が持つ“徳”の結晶であり、計算や打算では生まれない支援である。

 

国岡の人間性を語る上で欠かせないのが、父親との関係だ。商業高校進学を父に反対されたが、隠れて勉強し自ら願書を取り寄せて父を説得して合格する。そして、神戸高商(現・神戸大学)に進学。その後、父は経営に失敗し家業は傾いたが、国岡は生涯にわたり親の面倒を見続けた。父は、国岡のことを心から誇りに思ったに違いない。その親孝行は単なる美談ではなく、国岡商店が発展していく必然性の一部である。親を慕い、恩を忘れぬ心が、難しい交渉の場で相手の心を動かす柔らかさとなり、結果として奇跡のような合意を引き寄せた。鋼の意志と温かな情が、彼の交渉力を支える両輪だったかもしれない。『日田は、父のような存在だった。』(下巻361頁)。

 

興味深いのは、国岡が熱心な美術収集家でもあった点だ。一見、石油商と美術品蒐集は無関係に思えるが、その根底には共通する哲学がある。美術品を集める際、彼は流行や市場価格に流されず、本物の価値を見抜き、長く守り伝えることを重視した。それは経営においても同じで、短期の利益や効率ではなく、人や事業の“本質的価値”を見極め、育て、守り抜く姿勢に通じている。美術収集は彼にとって単なる趣味ではなく、無意識であったにせよ、経営の真髄を日常的に磨く行為でもあったのかもしれない。国岡は作品を見抜く真贋を持っていたのかもしれない。その美術品を見抜く目は、物事の本質を見抜く目とも同一のもので、美術は、あらゆるものの頂点に立つのかもしれない。

 

物語全体を通じて描かれるのは、「人」と「信頼」を第一にする経営哲学。社員を守るためには赤字を恐れず、国際的圧力に屈しない一方で、相手が信義を重んじるなら国境を越えて手を結ぶ。その姿勢は、株主至上主義や効率一辺倒の現代経営に対する静かな挑戦状のようでもある。百田尚樹の筆致は軽快で、石油取引や国際政治の複雑な背景も自然に頭に入り、長編でありながら息切れすることがない。

 

読み終えると、国岡の行動は一見すると矛盾だらけに映る。アメリカと戦いながらも学び、資金を借り、協力する。豪胆な一方で、美術品を前にすれば静かに価値を見極める繊細さを持つ。そして父への深い敬愛や日田との出会いのように、人を惹きつける“徳”こそが、彼の挑戦を可能にした最大の資産であったことに気づかされるだろう。


国岡は、日本の将来を心から思って行動した人であり、その志が全ての決断の根底にあったことを、本書は静かに教えてくれる。

 

筆者 請川隆一