書評『やれば、できる。』小柴昌俊
2020年05月05日
書評:『やれば、できる。』(新潮社)
小柴氏が自身の型破りな半生と研究哲学をユーモアたっぷりに綴った自伝的エッセイです。単なる偉人伝にとどまらず、泥臭い人間ドラマと科学のロマンが詰まった一冊となっています。
本の概要と魅力
中学時代の小児マヒによる軍人や音楽家への夢の挫折から始まり、なんと**「東京大学物理学科を成績ビリで卒業」**というエリート街道とは無縁の過去を持つ小柴氏。巻末には伝説となった東大卒業式での祝辞や、本人の実際の大学卒業時の成績表(驚くほど「優」が少ない)も収録されており、豪快な人柄が直接伝わってきます。
主な読みどころと人間ドラマ
・家族を支え抜いた壮絶な「苦学生」時代
東大ビリ卒業の裏には、決して遊んでいたわけではなく生きていくための壮絶な苦労がありました。小児マヒの後遺症を抱えながらも、新聞配達や数々のアルバイトを掛け持ちして兄弟の学費を稼ぎ、家族を支えながら大学に通っていたエピソードには胸を打たれます。この過酷な環境で培われた泥臭く生き抜く力こそが、後の巨大プロジェクトを牽引する強靭な精神力に繋がっています。
・ライバル陣営との手に汗握る「デッドヒート」
1987年の超新星爆発観測時、カミオカンデが未知の信号を捉えたという極秘情報が外部に漏れ、アメリカの巨大なライバル研究グループ(IMB)との間で勃発した先陣争いは本作のクライマックスです。コンマ数秒、数日を争う激烈な情報戦を制するために小柴氏が発揮した「勝負師」としての恐ろしいほどの執念は、上質なサスペンス映画のような興奮をもたらします。
・優等生でなかったからこその「素直さ」
分からないことは決して恥じずに専門家に意見を聴きに行くという「素直に教えを乞う力」が、後に大きなプロジェクトを動かす原動力になっています。
・「とことん考える」妥協のない姿勢
人に教えを乞う前には**「左から右から、上から下から、内から外から、とことん考える」**という徹底した思考の深さがあり、それがノーベル賞へと繋がる本質を見抜く目を育てました。
・常に「3つか4つの卵」を温める
**「今はダメでも、いつかは実現してやるという『研究の卵(夢や目標)』を常に3つか4つ抱き続けよ」**という氏のメッセージは、研究者だけでなくあらゆる人の胸に響く普遍的な教訓です。
・逆境を跳ね返す圧倒的な行動力
カミオカンデ建設の際、莫大な予算を獲得するためにウラワザや腕力の限りを尽くして奔走する、人間臭く圧倒的な突破力が描かれています。
総評
本作は、ノーベル賞受賞という結果だけを切り取ったものではありません。新聞配達をして家族を支えた**「底辺からのスタート」と、情報戦を制して世界の頂点に立った「トップの勝負勘」**。幾多の挫折を味わい、創意工夫と執念で道を切り拓いてきた小柴氏だからこそ、「やれば、できる。」という言葉に揺るぎない重みと優しさが宿っています。現在壁にぶつかっている人や、新しいことに挑戦しようとしているすべての人に、前を向く勇気を与えてくれる名著です。
小柴 昌俊(こしば まさとし)氏の略歴
1926年: 愛知県生まれ。
1951年: 東京大学理学部物理学科を卒業。その後、米ロチェスター大学で博士号を取得。
1970年: 東京大学理学部教授に就任。
1987年: 岐阜県神岡鉱山の地下に建設を主導した巨大観測装置「カミオカンデ」により、大マゼラン星雲での超新星爆発(SN1987A)から飛来したニュートリノの世界初観測に成功。「ニュートリノ天文学」という新たな分野を開拓する。
2002年: 天体物理学へのパイオニア的貢献が認められ、ノーベル物理学賞を受賞。
2020年: 94歳で逝去。
筆者:請川隆一
