書評大村智-2億人を病魔から守った化学者
2021年08月08日
馬場錬成著『大村智―2億人を病魔から守った化学者』
1. 出版社(書店名): 中央公論新社
2. 発行年月日: 2012年2月10日
3.著者:馬場練成
4.大村 智(おおむら さとし)略歴1958年(昭和33年)
山梨大学学芸学部(現・教育学部)自然科学科を卒業。
卒業後、東京都立墨田工業高等学校の夜間部(定時制)で教諭(化学・体育)および卓球部顧問を務める。
1963年(昭和38年)
教員として働きながら学び、東京理科大学大学院理学研究科修士課程を修了。
1965年(昭和40年)
社団法人北里研究所に入所(技師補)。本格的な微生物・抗生物質の研究を開始する。
1968年(昭和43年)
薬学博士(東京大学)を取得。のちに1970年には理学博士(東京理科大学)も取得。
1971年(昭和46年)
アメリカのウェスレーヤン大学に客員教授として赴任。ここでマックス・ティシュラー教授と出会い、研究資金の調達方法を学ぶとともに、のちに米メルク社との共同研究へと繋がる足がかりを得る。
1973年(昭和48年)
北里研究所抗生物質室長に就任。静岡県川奈のゴルフ場近くで採取した土壌から、のちに特効薬「イベルメクチン」の元となる新種の放線菌を発見。
1990年(平成2年)
社団法人北里研究所の所長(のちに理事長)に就任。多額の負債を抱え経営難に陥っていた同研究所の再建に尽力し、新病院の設立などを主導して黒字化を果たす。
2007年(平成19年)
学校法人女子美術大学の理事長に就任(現在は名誉理事長)。美術への造詣が深く、私財を投じて故郷に「韮崎大村美術館」を建設するなど、芸術振興にも大きく貢献。
2012年(平成24年)
文化功労者に選出される。
2015年(平成27年)
線虫による感染症(オンコセルカ症やリンパ管フィラリア症など)の画期的な治療薬「イベルメクチン」の開発に繋がる発見が評価され、ノーベル生理学・医学賞を受賞。同年、文化勲章を受章。
著者が表現したかったこと
1. 「実学」を重んじる科学者像
単なる基礎研究に留まらず、その成果が社会で実際に役立つ「実学」としての科学を追求する姿勢を表現しています。北里研究所の経営立て直しや、メルク社との共同研究で見せた**「産学連携」の先駆け的なモデル**を構築した手腕を、科学者の新たな在り方として描いています。
2. 微生物との「対話」と徹底した現場主義
ノーベル賞の鍵となった「イベルメクチン」の発見が、静岡県川奈のゴルフ場近くの土壌から始まったエピソードを通じ、**「足元の土に宝が眠っている」**という信念を強調しています。何万検体もの土壌を地道に調べる執念と、自然界の微生物に対する深い敬意が表現されています。
3. 「オール・フォー・ザ・ペイシェント(すべては患者のために)」
利益よりも、熱帯地方でオンコセルカ症(失明に至る病)などに苦しむ人々を救うことを最優先した決断を描いています。特許料を放棄してまで薬を無償配布へと導いた人道的なリーダーシップと、**「科学の力で格差を埋める」**という高潔な志に焦点を当てています。
4. 逆境をバネにする経営者・教育者の側面
研究費が不足する中で資金を自ら調達し、病院の再建や女子美術大学の改革に乗り出した「行動する知識人」としての姿を表現しています。研究室に閉じこもるのではなく、組織を動かし、人を育て、持続可能なシステムを作ることが科学者の義務であるという多面的な才能を浮き彫りにしています。
5. 日本的精神と国際的協調の融合
郷土(山梨)を愛し、日本の伝統や美術を重んじる精神を持ちながら、国際的な製薬企業と対等に渡り合ったバランス感覚を描いています。「至誠」という日本的な倫理観が、世界の何億人という人々を救う普遍的な力になったプロセスを表現しています。
6.大村聡の人となり
故郷の両親を敬い、節目ごとに帰郷して農作業を手伝うなど、親を大切にする姿勢を崩さなかったことが記されています。
すべては「両親に授かった命と教え」のおかげであるという謙虚な態度を貫きました。晩年、故郷に美術館を建設したことも、育ててくれた親や郷土への報恩の形として表現されています。
親から教わった「誠を尽くす」という生き方を、研究や経営の場でもそのまま実行する
妻への感謝。大村氏は、家庭の切り盛りや北里研究所の事務的なサポート、さらには細かな人付き合いに至るまで、妻、文子さんに全幅の信頼を置いて預けていました。自分が研究に没頭できる環境は彼女があってこそという感謝を、言葉だけでなく、彼女の判断を尊重する行動で示していました。
常に「妻と二人で成し遂げた成果」であることを強調する振る舞いを見せています。
著者は、大村氏のノーベル賞受賞という偉業が、決して彼一人の才能によるものではなく、**「文子さんというもう一人の主役」**との二人三脚の結果であることを強調しています。私心を捨てて夫に尽くした妻と、その献身を生涯忘れることなく、彼女の志を形(美術館や社会貢献)にし続ける夫の、究極の相互信頼の形を表現しています。
運と縁
「運が良かった」と語る大村氏に対し、著者はそれが**「必然の幸運」**であったことを論じています。
準備された心: どこへ行くにも土壌採取の袋を持ち歩くような「徹底した準備」が、偶然の発見を捕まえる鍵となった。
縁を育てる「至誠」: 産学連携や国際共同研究において、目先の利益ではなく「人類を救う」という大義を誠実に説き続けることで、国境を越えた信頼(縁)を築き上げた。
大村智という人物は、天才的な科学者である以上に、**「親の教えを守り、妻を慈しみ、人との縁を誠実に育んだ、極めて倫理的な人間」**である。その人間力こそが、2億人を救う科学的成果を生み出す土壌となった。
7.研究の事務的な基礎は?
逆算の思考: 農業は天候を読み、収穫から逆算して「今、何をすべきか」を判断し続ける仕事です。この「段取り」の習慣が、膨大な検体を効率的に処理するスクリーニング体制や、複雑な産学連携の工程管理に直結したと描かれています。
「土を耕す」忍耐力: 成果がすぐに出なくても、地道に肥料をやり、土壌を整え続ける農業の忍耐力が、数万件の失敗を厭わない研究姿勢の土台となったことが表現されています。
筆者:請川隆一
