書評 「大工一代」 平田雅哉・内田克己著
2025年08月27日
著者 平田雅哉・内田克己
発行所 建築資料研究社
発行日2001年3月30日初版
角川ソフィアから、2018年に文庫化
工匠談義五ヶ月間大阪手帳に連載。
1965年映画化
監督豊田四郎 出演 : 森繁久彌・中村玉緒・藤田まこと・頭師佳孝・乙羽信子・池内淳子・ハナ肇・淡路恵子・三木のり平他・音楽 : 山本直純
『大工一代』は、一代で日本の数寄屋建築を代表する名工にまで上りつめた、『平田雅哉1900〜1980』の生涯を通じて、建築職人の世界とその精神を伝える「聞書」による作品である。
生い立ちと修業時代
平田雅哉(1900–1980)は大阪・堺の大工の家に生まれた。父は飲む・打つ・買うに身を持ち崩した人物で、幼い頃から平田は不遇の環境に置かれた。父に褒めてもらおうと接してゆくと、生意気だと、殴られる、それの繰り返しで、二度自殺未遂を起こすが、16歳のころ母が病死してしまう。死ぬ前に平田を呼んで「お父さんはお前を誤解しているが、実の子に違いない、自分が死んだら妹たちをよろしく頼む」と遺言して逝く。その後父は後妻をもらうがその後妻と折り合いが悪く家出をする。
「師匠に恵まれずとも唯一の師は負けん気」と、大工としての一歩を踏み出す。
やがて名工、藤原新三郎棟梁に学び、茶の湯を通じて中川宗匠(武者小路千家・官休庵の流れ)と交わることで、数寄屋建築の素養を深めていった。
(明治から大正にかけての数奇屋建築を手掛ける、茶室専門の名工よばれる大工が三人あった。裏千家では、黒徳清平。表千家には、木津宗匠の出入りの大工、三木久。もう一人は藤原新三郎棟梁。)
数寄屋建築と主要作品
本書に描かれる平田の仕事は、実用とぜいたくの境目に調和を引く独自の姿勢に貫かれている。
二十歳から四十年間、四百軒、年間約十軒もの建築に携わり、皇族、関西の財界人や上流階級の施主たちから厚い信頼を得た。
代表的な建築と施主
• 児島嘉助邸(大阪・高麗橋三丁目の本宅、嵯峨野の別荘)
美術商・児島嘉助との出会いは、関西の数寄者の世界に平田を導き、後に「吉兆」の仕事へとつながった。
• 芦原温泉 つるや、熱海 大観荘、別府、六甲山荘、中山別荘
中山製鋼所の中山悦治、山邑太左衛門、豊田家、塩崎家といった施主たちの別荘・茶室建築を多数手掛けた。
• 青山御所・朝香宮邸の茶室
宮家の仕事に携わったこともあり、「仕事のおかげで宮様にお会いできた」と語る。
• 枚方・万里荘
代表作のひとつで、数寄屋建築の粋を凝らした住宅。
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人間関係と女性の支援
本書の特徴のひとつは、平田がたびたび女性に救われている点である。
修業期には施主の奥方に庇われて現場に残ることができ、独立期には料亭女将の推薦で大仕事を得た。戦後の混乱期にも女将の理解や裏方の支えで仕事を継続できた。
注目すべきは、「早く大人になって立派な職人になり、苦労の多かった母に孝行したいというのが、子供心にただ一つの望みであった。」と思っていた点である。
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平田雅哉の成功要素としての「面倒見のよさ」
縁故者が困っているときに、わが身のように人情厚く面倒を見てゆく職人気質で厳しくも暖かな心遣いが周囲との信頼を築いていった。
「施主は何も知らんと思うな、施主はなんでも知っている」と語り、手間を省くことなく誠実な姿勢が施主の信頼を呼び、繰り返しの依頼や紹介につながった。
建築観と仕事哲学
平田は数々の言葉を残している。
• 「建築は風呂敷に包んで持って帰ることはできん。出来上がりは施主にも自分にも一目瞭然。」
• 「意地と負けん気が唯一の師匠だったと思っている。そして一生が勉強だという考えは今も変わっていない。」
• 「数寄屋建築は御殿造と茶室建築の合いの子であり、住宅と茶室の双方が影響し合ったもの。」
• 「現場が火事だという電話がかかってきた。アイクチをもって出かけた。万一自分の過失ならば腹を切って詫びんならんと思ったからだ。幸い何もなかった。」
• 「金を儲けることが成功のように思う風潮は好かん。何よりも仕事を全うすることだ。」
• 「施主に対して図面を三枚は書いて提案するようにしている。
• 「施主は建築のことは素人と思って誤魔化してはならない。施主は何でも知っている。」
• 「製図は毎日書いている。」
• 「平田って、案外野暮天のかわいそうな男だと思う人も多かろうと思うがそのかわり「仕事の味」だけは、骨のズイまでしゃぶってみたいと思っている。」
• 「大工の仕事は重いものを持つことが多いが、何人かで持つ場合でも、自分一人で持つ気持ちが大切である。依頼心があると、ケガのもとだ。」
• 「もともと絵とか彫刻は好きでそれに一つの方向性を与えたのが上流の人との交流と茶室専門の建築、道具類等、良いものを見る機会が多かったから。」
彼にとっての喜びは財産ではなく仕事であり、「金を残すより仕事で残す」と繰り返し述べている。
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芸術的関心と蒐集
大工仕事に専念しつつも、美術や彫刻への関心は深かった。木谷千種や木谷蓬吟に親しみ、自ら絵と彫刻も手がけた。また、美人画の蒐集にも熱心で、伊東深水、鏑木清方、上村松園らの作品を愛蔵した。
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まとめ
『大工一代』は、貧しい生い立ちから名工へと成長した平田雅哉の人生を、聞き書きの語り口でまとめた職人記録である。数寄屋建築を通じて関西の上流文化に深く関わり、数々の料亭・別荘・茶室を手掛けながら、仕事に人生を賭けた姿勢を一貫して示した。その歩みは、近代数寄屋建築史を考える上で欠かせない証言となっている。
筆者 請川隆一
