紅はこべ
2025年07月10日
1.タイトル
紅はこべ(原題:The Scarlet Pimpernel)
2.出版社
東京創元社(創元推理文庫)
3.発行年月日
1970年(創元推理文庫版 初版)
4.著者の略歴
バロネス・オルツィ(Baroness Orczy / 1865年〜1947年)
ハンガリーの貴族出身のイギリスの小説家・劇作家。幼い頃に農民の反乱を逃れて家族で西欧を転々とし、ロンドンに定住しました。1903年に発表した舞台劇『紅はこべ』がロンドンで大成功を収め、それを小説化した本作で世界的ベストセラー作家となりました。「正体を隠したヒーロー」という類型を生み出したほか、「安楽椅子探偵」の先駆である『隅の老人の事件簿』の作者としても有名です。
5.訳者
西村 孝次(にしむら こうじ / 1907年〜2004年)
日本の英文学者、翻訳家。オスカー・ワイルドやD・H・ロレンスなどの純文学から、本作のようなエンターテインメント小説まで幅広く翻訳を手がけました。格調高く、かつドラマチックな名訳として知られています。
6.書評(著者が言いたかったことのまとめを含む)
名訳で味わう、冒険ロマンとすれ違う夫婦の愛の傑作
西村孝次氏による翻訳版『紅はこべ』は、古典的名作ならではの重厚な言葉遣いと、イギリス貴族社会の優雅な雰囲気を存分に味わうことができる一冊です。
本作の舞台は1792年、恐怖政治下のパリ。無実の貴族たちを次々とギロチンから救い出す謎のイギリス人集団と、その首領「紅はこべ」。彼の正体は、ロンドン社交界一の伊達男でありながら、実は誰よりも勇敢で知恵の回るパーシー・ブレイクニー卿でした。
物語の白眉は、活劇の面白さもさることながら、パーシーの妻・マルグリートの視点で描かれる心理サスペンスにあります。かつて深く愛し合ったはずの夫婦が、ある誤解から冷え切った関係に陥り、妻は夫を「ただの愚か者」と軽蔑し、夫は妻を「裏切り者」と疑っています。
しかし、夫の真の姿と彼に迫る危機を知った時、マルグリートは命がけで夫を救うために走り出します。ヒロイックな冒険劇と、大人の男女の愛の再生という二つの軸が完璧に絡み合った、エンターテインメントの最高峰です。
【著者が言いたかったこと(メッセージのまとめ)】
オルツィが本作に込めたメッセージは、以下の3つにまとめられます。
・「真の英雄像」の提示 名声や見返りを求めず、あえて愚か者を演じてでも信念を貫き、他者を救うパーシーの姿を通して、「真の気高さやヒロイズムは、肩書きや表面的な態度ではなく、内なる勇気と自己犠牲の行動にこそ宿る」ということを描いています。
・群集心理の暴走への危惧と騎士道精神 農民暴動で故郷を追われた貴族であるオルツィは、フランス革命の「自由・平等」という理念の裏側にあった、血生臭い大衆の暴力性(恐怖政治)を冷徹な視点で描きました。無秩序な暴力に対するアンチテーゼとして、イギリスの理知や古き良き騎士道精神を称賛しています。
・愛を取り戻すための「信頼」の重要性 すれ違う夫婦の姿を通して、偏見や表面的な誤解がいかに人の目を曇らせるかを描いています。「愛を再構築するためには、自らの非を認め、相手の真の姿を信じ抜く覚悟が必要である」という普遍的なテーマを伝えています。
筆者 請川隆一
